グーグル、そして英語化される世界について考える

  • グーグル、そして英語化される世界について考える

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100805/215723/

・日本のヤフーが米グーグルと提携することになるようだ

・この先、あらゆる分野のすべてのコンテンツというコンテンツは、グーグルと無関係ではいられなくなる。

・と、それらは、キッチン用のスポンジやキャベツやスニーカーのように、売り手の自由裁量で値段の付けられるありふれた商品になる


・コンテンツ(あるいは「ソフトウエア」、「制作物」)は、これまで、商品である以前に、作り手の人間による「作品」であるというふうにみなされてきた

・が、ネットに乗っかると、すべては裸になる

YouTubeに取り込まれる際の手順が合法であったかどうかも、見る側からはどっちでも良い話になる。ある場合には作者の名前さえ

・こうなると、「作品」は、プラスチックのざるや紙コップみたいに気軽に、大量に、しかも使い捨ての形で流通するほかにどうしようもないことになる。

・さらに悪いことに、「作品」は、紙コップと違って、無限に複製が可能だったりする。とすれば、いったい誰がこんなものに料金を払うだろうか

・インターネットを介したコンテンツビジネスが悪の温床だということでもない。ただ、善悪正邪是非曲直は措くとして、流通形態が変わることだけは確実


・文化は、非グローバルで、クローズドで、非ユニバーサルで、ドメスティックで、ローカルで、パーソナルで、プライベートでへたをするとテンポラリーですらある

・でも、グーグルは非ガラパゴスのビジネスを優先する。
 英語化できないもの、国際的に流通しにくいもの、バラ売りがむずかしいものは後回しになる

(英語化)

・英語で話している限り、英語国民にはアタマがあがらない。

・英語のオダジマは精神年齢が12歳になる

・ジャパニーズハビットは、どんなに精密に英訳しても理解されない。

・文化は訳出不能な部分に宿っている。

・グーグルは、すべてを要約しにかかるタイプの支配者ではない。世界は、これから先、グーグルを通じて、ますます、まとまりのないコラムみたいな調子の、拡散したゴミの山になって行く。

・その乱雑な情報から、グーグルはコンマ何パーセントかの利益をかすめ取る技術を、着々と整備して行くのであろう。われわれにはどうすることもできない

・せめて、それが許される場所では、なるべく自分の得意な言葉を使うように心がけよう。

ソニー

・コンテンツの流通経路に対するピンチをチャンスに変えないとダメ
・抑え込むような方法はとれない


・であるならば,本当に作品に対する感動からお金を支払わせるしかない
ろじぱらの1クリック課金もいいが,支払うことで何か「見返り」がないと消費者は支払わない
コンテンツの質があがる
コンテンツの量が増える
コンテンツに視聴者が関われる
コンテンツに関するコミュニティサービスに参加できる
http://q.hatena.ne.jp/1247727768「知り合いが動画投稿サイトを運営しています。 結構、アクセスはあるらしいのですが、一向に黒字になりません。 なにかいいアドバイスがあれば教えてください。」


・もしくはコンテンツの「作者」に焦点を当て(個人orチームレベル.会社は広すぎる),作者に対してペイするシステムを作る
⇒コミュニティサービス(ex.ニコニコ)

・なぜ「ニコニコ動画」や「けいおん」「東方」は流行ったのか!?


ソニーはコンテンツ提供側.広める,整理すればいいGoogleYouTubeとは根本的に違う
⇒生き残るためには無尽蔵に普及するコンテンツから料金を徴収する新ビジネスモデルを考えないといけない
Googleで広まるようなグローバルでありつつ収益を徴収するシステム!?